JLPT N1 – Reading Exercise 97

#324

知覚ちかく役割やくわりは、教科書きょうかしょ的には、当面とうめん世界せかい状況じょうきょう具体ぐたい的に把握はあくすることだと説明せつめいされる。ある突然とつぜん知覚ちかくの一つをうしなったことをかんがえると、それはよくわかる。それぞれの知覚ちかくについての教科書きょうかしょ的な説明せつめいは、だから五感ごかんという入力にゅうりょくそのものの具体ぐたい的な説明せつめいである。しかしのうにとっての知覚ちかく入力にゅうりょく全体ぜんたい役割やくわりは、それぞれの知覚ちかくそのものがたす役割やくわりとは、ちがうはずである。のうはそうしたしょ入力にゅうりょく共通きょうつう処理しょり装置そうちでもあるからである。ヒトの知覚ちかく入力にゅうりょくのう究極きゅうきょく的に処理しょりされてしょうじる、もっとも重要じゅうようなことはなにか。 わたしはそれを世界像せかいぞう構築こうちくだとかんがえる。われわれはだれでも、ある世界せかいんでいるとおもっている。その世界せかいでは、あついものにれれば火傷やけどし、火傷やけどするとしばらくいたむ。わたしいえからしばらくあるけばおてらがあり、休日きゅうじつには何人なんにんものひと写真しゃしんをとったり、見物けんぶつしているの をることができる。そこから20ふんあるけば、鎌倉駅かまくらえきく。そこには東京とうきょう方面ほうめん横須賀よこすか方面ほうめんきの電車でんしゃはしっており、すこちがった方向ほうこうけば、江ノ島電鉄線えのしまでんてつせんれることがわかっている。 こうしたのまわりの世界像せかいぞうは、動物どうぶつでもおおかれすくなかれ、っているはずである。たとえばわたしいえのネコも、自分じぶん世界せかいをそれなりに把握はあくしている。それはどうやらおてらにわまでらしい。そこまでかけそいるのはることがあるが、それ以上いじょうさきでは、かけたことがないからである。このネコをいて、ネコのっているらしい範囲はんいからようとすると、のなかであばれだし、りてげてしまう。 単純たんじゅん世界像せかいぞうの一つとして、ダニの世界せかいげることができる。「1」葉上ようじょうにいる吸血性きゅうけつせいのダニは、炭酸たんさんガスがす反応はんのうして、運動うんどうがさかんになる。炭酸たんさんガスがす濃度のうどがる ことは、ちかくに呼吸こきゅうをする動物どうぶつちかづいた可能性かのうせい意味いみするからである。そこにわずかな震動しんどうくわ わると、ダニは落下らっかする。うまく落下らっかすれば、動物どうぶつのからだのうえちる。そこが37程度ていど温度おんどであり、あとは酪酸らくさんにおいがすれば、ダニはただちに吸血きゅうけつ行動こうどうはじめる。(中略ちゅうりゃく)このように、動物どうぶつがそれぞれのかぎられた知覚ちかく装置そうちから、自己じこ生存せいぞん必要ひつよう世界像せかいぞうつくっているであろうということは、ヤコプ・フォン・エクスキュルによって最初さいしょ主張しゅちょうされたことである。 われわれヒトがっている世界像せかいぞうは、はるかに複雑ふくざつである。しかしそうした世界像せかいぞうができあがるについては、ダニ場合ばあい根本こんぽん的にはおなじように、そこにさまざまな知覚ちかく入力にゅうりょくがあったはずである。それらの入力にゅうりょくは、のう処理しょりされ、しばしば保存ほぞんされる。学校がっこう勉強べんきょうしたことも、知覚ちかくからの入力にゅうりょくである。先生せんせいはなしけば、はなしみみからはいってくる。これは聴覚ちょうかくけいからの入力にゅうりょくである。教科書きょうかしょめば、視覚しかくから入力にゅうりょくはいってくる。こうして五感ごかんからはいるものをとおして、われわれは自分じぶん世界せかいがいかなるものであるか、そのぞうつく し、把握はあくしようとする。 このようにして把握はあくされた世界せかいは、動物どうぶつ把握はあくするような自然しぜん世界せかいだけではない。ヒトはさらに社会しゃかいつくす。かたえれば、社会しゃかいはそうした世界像せかいぞうを、できるだけ共通きょうつうにまとめようとするものである。ある社会しゃかいのなかでは、人々ひとびとはしばしば特定とくてい世界像せかいぞうたいするこのみを共有きょうゆうしている。だからその社会しゃかいは、共通きょうつう価値観かちかんち、人々ひとびとはしばしば共通きょうつう行動こうどうしめす。おな社会しゃかいのなかでも、友人ゆうじんどうしはそうした世界像せかいぞう一致いっちしている場合ばあいおおい。さもないとおたがいに居心地いごこちわるかったり、喧嘩けんかになったりする。特定とくてい世界像せかいぞう構成こうせいし、それを維持いじし、発展はってんさせること、それが社会しゃかい文化ぶんか役割やくわりである。社会しゃかいはじつは「___2___」である。 (養老ようろう孟司たけしかんがえるヒト』筑摩書房ちくましょぼうによる)

Vocabulary (63)
Try It Out!
1
筆者によると、脳にはどのような役割があるか。
1. 知覚そのものが持つ働きを使って、世界の中での自分の役割を考えること
2. 五感を通して知覚入力し、いろいろなものを見たり、痛いと感じたりすること
3. 実際の行動を通して入ってきた知覚により、自分の世界とは違う世界を知ること
4. 入ってきた知覚を処理し、自分が住む世界を把握してそのイメージを形成すること
2
ネコの世界像について述べた以下の文の中で、正しいものはどれか。
1. ネコは世界像を持たず、生活する範囲はかなり広い。
2. ネコも世界像を把握しているが、その外側でも生活できるようだ。
3. ネコにも世界像が存在し、ほぼその中だけで生活しているようだ。
4. ネコは世界像を持っていないが、行動範囲はある程度決まっている。
3
葉上にいる吸血性のダニ」が世界像を構築する上で最も必要なものは何か。
1. 炭酸ガスと震動と37度の温度と酪酸の臭い
2. 37度の温度と酪酸の臭いとダニの運動と震動
3. 酪酸の臭いと炭酸ガスと動物の呼吸と吸血行動
4. 炭酸ガスと37度の温度と動物の呼吸とダニの運動
4
ヒトとダニの世界像について正しいものはどれか。
1. ヒトの世界像の方が複雑だが、他から知識を学んで世界像を作る点は同じだ。
2. ヒトの世界像の方が複雑であり、ダニは知覚入力を必要としない点で異なる。
3. ヒトの世界像の方が複雑であり、ダニは知覚入力を脳に保存できない点で異なる。
4. ヒトの世界像の方が複雑だが、いろいろな知覚を通して世界像を作る点は同じだ。
5
ヒトの社会と世界像について述べた以下の文の中で、この文章の内容と合っているものはどれか。
1. ある社会のメンバーは、それぞれが個別の世界像を持つが、互いの価値観を一致させようとしている。
2. ある社会のメンバーは、ある世界像に対して同じような価値観のもとで同じような行動をすることが多い。
3. ある社会のメンバーは、世界像が一致していることにより、互いに居心地の悪さを感じたり、喧嘩をしたりする。
4. ある社会のメンバーは、特定の世界像に対して異なった考え方を持つが、その対立の中で世界像を発展させている。
6
「___2___」に入る最も適当な言葉はどれか。
1. 各メンバー固有の世界像
2. 脳によって作り出された世界
3. 文化を維持し、発展させたもの
4. 知覚入力によって把握される世界の状況