JLPT N1 – Reading Exercise 99

#326

最寄もよりえきへとかう途中とちゅう骨董屋こっとうやさんのまえとおる。 そのみせしてたのは十年じゅうねんほどまえだろうか。はっきりした記憶きおくはないのだが、おっとのひとことで興味きょうみった。「毎日まいにちどんどんれる商売しょうばいじゃないだろうけど、それにしてもきゃくはいっているのをたことないよね」という。たしかにいつもひっそりと、あるじとおぼしきひとみせおくにじっとすわっているばかり。宅配便たくはいびん梱包こんぽうされたつつみがたくさんかれていることから、ネット販売はんばい専門せんもんみせなのだろうか。おっとはそのあとも「1」不思議ふしぎがっていた。 それから一年いちねんほどして、ふいになぞけた。 面識めんしきはないが、ときおりんでいた同世代どうせだい女性じょせいのブログにこのみせたずねたはなしっていた。こわれてしまった陶器とうき修理しゅうりたのみにったというのである。うるし使つかった金継きんつぎ、銀継ぎんつぎとばれる手法しゅほうそこなわれた部分ぶぶん修復しゅうふくするのだが、その仕上しあがりは瑕跡かせきではなく、景色けしき見立みたてることができるほどうつくしい。 おもいがけない近所きんじょにそんな専門せんもん工房こうぼうがあったとは。新鮮しんせんおどろきとともに、「2」ひとすじひかりんでおもいがしたにもけたからといっててられず、破片はへんをそっと薄紙うすがみつつんだままにしているものがある。祖母そぼもとめ、そしてこわしてしまった十客じっきゃくそろいの小鉢こばちのひとつ。義父ぎふこのんで使つかっていたというさかずき。これらをもとのかたちにもどすことができたら、どんなにこころなごむことだろう。 さっそくみせたずねてみると、「やあ、いらっしゃい」とあるじはまるでなじみのきゃくのようにむかえてくれた。作業さぎょう合間あいまをゆるめていることがあって、みせまえひとながめている。「だから近所きんじょんでいるひとのことはなんとなくわかるんです。」ているのはこちらばかりとおもったら大間違おおまちがいだ。 「3」すっかりらくになって、こちらの事情じじょうけた。 (中略ちゅうりゃくえたほう安上やすありとわかっているものでも、使つかいつづけた愛着あいちゃくがあって手放てばなせないというひとえている。一方いっぽうで、高価こうかうつわ使つかうお料理屋りょうりやさんが、段ボールだんぼーるいっぱいおくりつけてくることもある。「まえ修理しゅうりしたものがまたあたらたにこわれてもどってきたり。時々ときどき、どういうあつかいをしてるのかなとおもうことがありますよ。」 かたちあるものはいずれはこわれる。この道理どうりがあるから、歳月さいげつつたえられたものに感謝かんしゃねんくし、はかなさとうつくしさは同義どうぎでもある。うっかりすべらせる瞬間しゅんかんだれにもあり、かえしのつかない事実じじつ直面ちょくめんすると、ためいきるほどこころおもい。 金継きんつぎはそんなこころ痛手いたでまでやさしくいたわってくれる伝統でんとう技術ぎじゅつだ。もしものときたすけてくれるひとがいるとおもうと心底しんそこありがたい。けれど、だからこそ指先ゆびさきには神経しんけい使つかってぞんざいなあつかいはすまいと、見事みごと修復しゅうふくされたうつわおもっている。 (青木あおき奈緒なおらしの手帖てちょう』2014ねん10-11月号がつごうによる)

ブログ:日記にっき形式けいしきのウェブサイト うるし使つかった金継きんつぎ、銀継ぎんつぎとばれる手法しゅほう陶器とうき修理しゅうり方法ほうほう名称めいしょう 十客じっきゃくそろいの小鉢こばち十個じゅっこそろったちいさなうつわ をゆるめる:ここでは、休憩きゅうけいする すべらせる:ここでは、とす かえしのつかない:もと状態じょうたいもどすことのできない

Vocabulary (122)
Try It Out!
1
「1」不思議がっていたとあるが、何を不思議がっていたか。
1. 宅配便の荷物が梱包されたまま置かれていること
2. 十年経っても店の様子が何も変わらないこと
3. 店なのに客がいるのを見たことがないこと
4. 店主を一度も見たことがないこと
2
「2」ひと筋の光が射し込んで来る思いがしたとあるが、なぜか。
1. 同世代の女性が自分と同じ思いを抱いていることがわかったから
2. 割れてしまった思い出深い陶器を直せそうだとわかったから
3. 不思議に思っていた店がどのような店かわかったから
4. 専門的な技術を近所で見られることがわかったから
3
「3」すっかり気が楽になってとあるが、なぜか。
1. 店主も自分のことを知っていて、親しく接してくれたから
2. 店主は話しづらい人だと思ったが、そうではなかったから
3. 店主が仕事の手を休めて話しかけてくれたから
4. 店主が以前と同じように接してくれたから
4
この文章で述べられている経験を通して、筆者が強く思ったのはどのようなことか。
1. 形あるものは壊れるからこそ、愛情を持って使いたい。
2. 壊れるものには美しさがあり、作り手への感謝の念を忘れてはならない。
3. 壊れたものは修復できても、壊れたときの心の痛手はなくならない。
4. 壊れたものを直す技術があることに感謝しながら、大事に使いたい。