小説家になりたい人には「好きな作家のものを全部読む」という読書法をすすめる。好きな、というのは、自分に合っている気がして読みやすく、しかも楽しいというものだ。いろんな作家をちょっとずつ読む、というのでは、あまり身につくものがない。ベストセラーになっている話題作をせっせと追いかける、というのは「1」もっとよくない。 ベストセラーになる小説は、とりあえず何かいいところがあって売れているのだから、読めば参考になるではないかと言うかもしれないが、それを読んで参考にしている人がたくさんいる、ということなのだ。みんなが狙っている方向で、自分もやってみるというのでは、目立つこともないわけである。 (中略) ひとりの作家(あなたにとって、不思議に肌合いがよくて楽しめる小説を書く人)の全小説を読んでみるのは、知らず知らずのうちに、その作家の「小説作法」を感じ取ることである。この人は小説を、このように構成するのだ、そこが心地いいのだ、とわかることである。この人は人間心理を、このように描写する、この人の社会観はこうである、なんてこともわかる。 「2」それがわかれば、似たようなものを書くところまであと一歩、なのである。特別にマネして書こうと思っていなかったとしても、書くものは自然と、その作家の作風と似たものになり、初心者が書いたにしては完成度が高いものになるだろう。 こう反論する人がいるかもしれない。小説を書いて世に発表したいという願望は、自分というものを世間に知らしめたいということであって、つまりは自己表現欲から出てくるものだ。それなのに、他人の作品をマネているのでは、自分の表現にはならないのではないか。 自己表現欲のことは、確かにその通りである。しかし、慌てないで順に段取りを踏んでいこうではないか。いきなり自分らしさを出したいと考えるのではなく、まずは世間が振り向いてくれるレベルのものが書けるよう、上達する必要があるのだ。 私の書くものには価値があるのだから、世間は注目しなければならない、と思い込んでしまう人が案外いるのだが、それではなかなか読んでもらえない。 だから、まずはうまく書けるようにならなければいけない。 そのための訓練として、ある作家を熟読しているというのは、大変に有効なのである。 (清水義範『小説家になる方法』による) 肌合いがよい:ここでは、自分の感覚に合う 知らしめたい:知らせたい