人間と動物、動物と機械は、それぞれ決定的に異なる何かがあるのだろうか。それとも、その違いは、距離の差にすぎないのだろうか。 ここでは、たとえばそのなかの二つ、動物と機械の差を考えてみよう。たしかに機械は無生物であり、動物は生物の一部にほかならない。「___1___」は対立する概念なので、機械と生物はまったく異なるものということになる。 だが、たとえば現代の自動車工場では、日々、ロボットを使って自動車が製造されている。 この様子は、極端に言えば、まるでロボットが自動車をつくり続け、人間の労働者は、あたかもそのロボットの補佐役のようであるとも言える。そして、この工場のシステム全体を見ると、それがひとつの生き物のようである。これは、機械が機械を生んでいる、動物で言えば「世代交代」をしているかのように思える光景だ。 「世代交代」は、「自己増殖」と並んで、生物と無生物を分ける、生物の決定的な特徴とされている。だが、上記のように、今日のロボットや自動車は機械であっても、またその巨大な集積であるFA工場は機械システムであっても、「2」世代交代という機能をもっており、少なくともその面では、動物もしくは、動物の種の姿に近いと考えることができる。そう考えると、生物とは対立するはずの機械も、「3」その違いは単に距離の差に過ぎないと言える。 (奥野卓司『人間.動物.機械―テクノ.アニミズム』による) あたかも:まるで FA工場:生産システムが自動化されている工場