JLPT N1 – Reading Exercise 92

#319

わたしは、科学かがくふたた文化ぶんかのみに寄与きよするいとなみをもどすべきとかんがえている。かべかざられたピカソののように、なければないでませられるが、そこにあればたのしい、なければなにこころ空白くうはくかんじてしまう、そんな「無用むようよう」としての科学かがくである。なか役立やくだとうというような野心やしんて、自然しぜんたわむれながら自然しぜん偉大いだいさをまなんでいく科学かがくいのではないだろうか。好奇心こうきしん探求心たんきゅうしんもとめるこころ想像そうぞうするちから普通性ふつうせいへのあこがれ、そのような人間にんげん感性かんせい最大限さいだいげん練磨れんまして、人間にんげん可能性かのうせい拡大かくだいするいとなみのことである。 むろん、経済けいざい辺倒へんとう現代げんだい社会しゃかいでは、そんな原初げんしょ的な科学かがくゆるされない。一般いっぱん文化ぶんか創造そうぞうにはかねがかかる。ましてや科学かがく高価こうか実験器具じっけんきぐやコンピューターを必要ひつようとするから一定いってい投資とうしをしなければならず、そうすればかならずそのぶん見返みかえりが要求ようきゅうされる。「文化ぶんかより明日あしたのコメを」というこええることがない。社会しゃかいもムダとおもわれるものにかねずるのを忌避きひするからだ。それが「やくつ」科学かがくとならねばならない要因よういんで、科学者かがくしゃもセールスマンのように次々つぎつぎ目新めあたらしい商品しょうひん用意よういして社会しゃかい要求ようきゅう迎合げいごうしていかねばならなくなる。それを逆手さかてにとって、あたかもなか牛耳ぎゅうじっているかのように尊大そんだい振舞ふるま科学者かがくしゃすら登場とうじょうするようになった。これほど社会しゃかい貢献こうけんしているのだから、もっとかねをよこせというわけである。かねとおしての科学者かがくしゃ社会しゃかい網引あみひ状態じょうたいえるだろうか。 それでいいのかとあらためてかんがなおしてみる必要ひつようがあるたしかに科学かがくにはかねがかかり、それには社会しゃかい支持しじかせない。「無用むようよう」にすらならないムダもおおいだろう。しかし、ときに科学かがく世界せかいかたをえるおおきなちからめている。事実じじつ科学かがくはそのちからによって自然観しぜんかん世界観せかいかん一変いっぺんさせ、社会しゃかいのありようにおおきな変化へんかをもたらしてきた。社会しゃかいへの見返みかえりとは、そのような概念がいねん思想しそう提供ていきょうする役目やくめにあるのではないか。それはまんに一つくらいの確率かくりつであるかもしれないが、科学かがくいとなきにしてはこりない貢献こうけんである。むろん、天才てんさい登場とうじょう必要ひつようとする場合ばあいおおいが、そのかげには無数むすう無名むめい科学者かがくしゃがいたことをわすれてはならない。それらのげがあってこそ天才てんさい活躍かつやくできるのである。 いま必要ひつようなのは、「文化ぶんかとしての科学かがく」をひろ市民しみんつたえることであり、科学かがくたのしみを市民しみんとともに共有きょうゆうすることである。実際じっさい本当ほんとうのところ市民しみんは「やく科学かがく」ではなく、「やくたないけれど知的ちてきなスリルをあじわえる科学かがく」をもとめている。市民しみん知的ちてき冒険ぼうけんをしたいのだ。(中略ちゅうりゃく科学かがく行為こうい科学者かがくしゃという人間にんげんいとなみだから、そこには数多かずおおくのエピソードがあり、成功せいこう失敗しっぱいもある。それらも一緒いっしょつむわせることによって「文化ぶんかとしての科学かがく」がゆたかになっていくのではないだろうか。それが結果的けっかてき市民しみん勇気ゆうきよろこびをあたえるとしんじている。 (池内いけうちさとる科学かがく限界げんかい』による)

Vocabulary (78)
Try It Out!
1
筆者によると、原初的な科学とはどういうものか。
1. 一見無用と思われるものを、世の中に役立てようとするもの
2. 人間の可能性を拡大するために、なくてはならないもの
3. 自然の中で感性豊かに生きるために、自然を学ぼうとするもの
4. 自然の偉大さを学び、人間の感性を豊かにしていくもの
2
それでいいのかと改めて考え直してみる必要があるとあるが、筆者は何を考え直してみる必要があると述べているか。
1. 科学の営みの中に社会に寄与しないムダが多いこと
2. 社会が科学に投資しなくなってきたこと
3. 社会も科学者も科学を経済的観点からしか見ていないこと
4. 社会も科学者も科学に見返りを求めるべきではないと考えていること
3
筆者は科学が社会にどのような貢献をしてきたと考えているか。
1. 無数の科学者の積み上げから天才を登場させてきた。
2. これまで主流とされてきたものの見方を履し変化をもたらした。
3. 社会の要求する新しい商品を次々に提供してきた。
4. 社会の役に立たないことにも価値があると人々に認識させてきた。
4
筆者が言いたいことは何か。
1. 市民と科学の楽しみを共有することが「文化としての科学」の発展につながる。
2. 市民が知的好奇心を高めれば「文化としての科学」が豊かになる。
3. 「文化としての科学」と「役に立つ科学」が共存することで社会が豊かになる。
4. 「文化としての科学」とともに「役に立つ科学」を市民に伝えることが必要だ。