定年に備えた企業の研修資料にく「自分」―「仕事」=?〉とあるのを見て、会社一筋に働いてきた人には厳しい設問だなあ、と思ったことがある。 事実、会社人間だった大阪の友人はこの設問に「ゼロや」と苦笑して、定年後の近況を話す。 「女房が出掛けようとすると、ワシも行くと言うもんやから、すっかり嫌がられてるよ」こういう定年亭主を「恐怖のワシも族」と言うのだそうだが、今やさぞかし「ワシも族」がはびこっていることだろうと思いきや、ニッセイ基礎研究所の「定年前.定年後」という本にこんな調査結果が収められていた。 数字は省くが、仕事に生きがいを持っていた人のほうが、そうでない人より定年後の社会活動にもずっと生きがいを感じているという内容で、要するに、会社人間ほど定年後も意欲的という分析だ。 彼らの社会活動の生きがいは、交友関係の広がりによって生まれているようで、植木職 人になったり、NPOやボランティア、地域活動に携わっている元銀行員をはじめ、多種 多様なケースがいろいろ紹介されている。 以前、あれは有力銀行の支店長であったか、定年退職した途端、年賀状も激減するなど一変した状況に喪失感を覚え、自ら命を絶ったという話を聞いたことがある。 これなどは極端なケースだとしても、く「会社」のために頑張る価値観は、「社会」のために頑張る価値観と合致するかもしれない〉と分析される先の調査結果などは、会社人 間の「その後」に新しい視点をもたらすものだろう。 (近藤勝重「しあわせのトンボ:会社人間の『その後』」2007年11月14日付毎日新聞夕刊による)