牛飼うしかいい源次みなもとじ

岩手県いわてけんは九戸郡くのへぐん、九戸富士くのへふじと呼こばれる階上岳はしかみたけしのふもとに、源次みなもとじと言いう目めはしの利りく牛飼うしかいいが住すんでいた。この源次みなもとじが所有しょゆうする大牛だいうしは体からだも大おおきく角かくも立派りっぱで、牛同志うしどうしの角合すみあわせでも決けっして負まける事ことが無むかった。

ある晩ばん、この大牛だいうしが突然姿とつぜんすがたを消けっしてしまい、源次みなもとじは牛うしが盗ぬすまれたかと慌あわてに慌あわてて方かたがた々を探さがしまわった。見みつからずに落胆らくたんして家いえに戻もどると、牛うしは既すんでに牛小屋うしこやに戻もどっていて寝ねているのであった。

そ んな事ことが幾度いくども続つづいたので、不審ふしんに思おもった源次みなもとじはある時寝ときねた振ふりをして様子ようすを伺かい、夜中よなかにそっと家いえを出いずるた牛うしの後ごをつけて行おこなった。すると牛うしはどんどん山奥やまおくに分わ け入いり、やがて山中さんちゅうの原はらっぱに辿たどりついた。そこにはこれまた大おおきな体からだを持もった熊くまが待まち構かえていた。やがて牛うしと熊くまはがっと組くみついて力比ちからひべを始はじめた。

毎晩牛まいばんうしが居きょなくなるのは熊くまと力比ちからくらべしていたからか、と気付きついた源次みなもとじは、何なにとかして牛うしを勝かたせてやりたいと思おもい、ある日牛にちうしが寝ねている隙ひまをついて、牛うしの角かくに油あぶらを塗ぬりつけておいた。

その晩ばんも、牛うしは家いえをこっそりと出でて山奥やまおくへ分わけ入いり、熊くまと力比ちからひべを始はじめた。牛うしと熊くまががっと組くみ合あい、熊くまが牛うしの角かくに手てをかけた瞬間しゅんかん、塗ぬってあった油あぶらでずるっと滑すべり、そのまま牛うしの角かくが熊くまの胴どうを貫ぬいた。熊くまは死しんだ。

源次みなもとじは牛うしが勝かったので大喜おおよろこびしたが、それ以後牛いごうしは腑抜ふ抜けのようになってしまい、餌えさを食しょくべるのも拒こばみ続つづけ、幾日いくにちか後あとにあの熊くまの屍骸しがいと同おなじ場所ばしょで眠ねむるようにして死しんだ。

源次みなもとじは今更いまさらながらに後悔こうかいし、牛うしと熊くまをその場ばに弔とむらった。この社しゃは、「牛熊うしくまの社しゃ」として長ながい間残まのこっていたという。