田植たうええ鬼おに

昔むかし、佐渡さどの黒姫くろひめという所ところに、勘右衛門かえもんという長者ちょうじゃがいました。

ある年としの節分せつぶんの夜よるに、「福ふくは内うち、鬼おには外そと」と大声おおごえを張はり上あげて家いえのあちこちで豆まめをまいておりました。すると、いきなり台所だいどころから「助たすけてぇ～」と叫さけびながら、赤鬼あかおにが飛ひび出だしてきました。

最初さいしょは勘右衛門かんみぎえもんも驚おどろき慌あわてましたが、赤鬼あかおにを奥おくの座敷ざしきに招まねいてご馳走ちそうをしてもてなしました。赤鬼あかおには、すっかりご機嫌きげんで帰かえっていきました。

やがて、田植たうええの季節きせつになり、勘右衛門かんえもんの家いえでも朝暗あさぐらいうちから仕事しごとに取とりかかりました。ところが、急きゅうにはげしい雨あめが降ふり出だし、仕方しかたなく苗なえを田たんぼに置おいたままその日ひは家いえに帰かえりました。

すると翌日よくじつ、勘右衛門かんえもんの田たんぼはすっかり田植たうえが終おわっていました。こんな不思議ふしぎな事ことが何年なんねんも何年なんねんも続つづくようになりました。

ある年としの田植たうえ時期じき、何世代なんせだいも後あとの勘右衛門かんえもんは「一体誰いったいだれが田植たうえをしているのか」確たしかめようと、木きの陰かげに隠かくれて様子ようすをうかがっていました。すると、真まっ暗くらな田たんぼの中なかに、一人ひとりの早乙女さおとめが入はいっていきました。

そのうちに、早乙女さおとめはいい声こえで田植たうえ歌うたを歌うたいながら、あっという間まに苗なえを植うえていきました。勘右衛門かんみぎえもんは、早乙女さおとめの良よい歌声うたごえにつられて、ついつい一緒いっしょに田たんぼに入はいって踊おどり出だしてしまいました。

勘右衛門かんえもんに見みられていたことに気きが付ついた早乙女さおとめは、高たかく舞まい上あがり赤鬼あかおにの姿すがたに変かわり、風かぜのようにお宮みやの裏山うらやまへ消きえていきました。

それで、黒姫くろひめのお宮みやの裏山うらやまあたりを「鬼山おにやま」と呼よぶようになりました。この時ときから、勘右衛門かんえもんの家いえでは、節分せつぶんの時ときに「福ふくは内うち、鬼おにも内うち」と言いうようになりました。